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甲府地方裁判所 昭和50年(ワ)196号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金四一万九、二九一円及びこれに対する昭和五〇年九月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分しその一を被告のその九を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  (原告)1 被告は原告に対し金五〇三万一、〇一六円及びこれに対する昭和五〇年九月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び第一項につき仮執行宣言の申立

二  (被告)請求棄却、訴訟費用原告負担の判決

第二当事者の主張

一  (請求原因)

1  原告は昭和四五年九月二〇日午後四時五〇分頃山梨県南都留郡河口湖町浅川三六七一ノ一番地先路上を自動二輪車(被害車という)を運転し船津方面から河口部落方面へ向けて走行中被告の運転する普通乗用自動車(加害車という)と衝突した。(以下本件事故という)

2  被告は加害車を保有し自己のためこれを運行の用に供していたものである。

3  原告は本件事故により左肘挫創頭部外傷の傷害を受け、治療を受けたが、後遺症として、頭部外傷後遺症兼精神分裂病が残り、自動車損害賠償保障法上の七級三号に該当する。

その治療のため入通院を繰り返したが、その詳細は別表記載(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ト)のとおりである。

4  原告は本件事故により次のような損害を受けた。

(一) 休業補償 金二〇七万三、七五〇円

原告は前記のとおり入通院を繰り返し、一、六五九日休業を余儀なくされ、当時の原告の日収は金一、二五〇円であつた。

(二) 医療費 金七一万二、一五六円

原告は前記入、通院に伴い、少なくとも合計金七一万二、一五六円の医療費を支出した。

(三) 通院交通費等雑費 金六万四、八〇〇円

通院治療のため合計二一六回通い、交通費等の諸雑費として一回少なくとも金三〇〇円を支出した。

(四) 慰謝料 金二四八万八、五〇〇円

原告は前記のとおり合計一、六五九日間治療を受けざるをえず、そのための精神的損害として金銭に見積ると一日少なくとも金一、五〇〇円となる。

(五) 弁護料 金一五万円

(六) 以上のほか後遺症による逸失利益及び慰謝料があるが、これは自賠責保険金二〇九万円をもつて充当することとした。

5  原告は医療費のため自賠責保険金四五万八、一九〇円を受領した。

6  以上の次第で原告は右損害金差引金五〇三万一、〇一六円及びこれに対する不法行為の日の後日である昭和五〇年九月二五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  (請求原因の認否)

請求原因1、2の事実は認め、同3の事実は否認、すなわち、原告が後遺症として主張している精神分裂症は、本件事故とは何ら因果関係がなく、原告の気質による発病である。本件事故と因果関係にある傷害は極めて軽微なものであり、通院実数四日間をもつて昭和四五年九月二七日治癒している。同4の(一)乃至(五)の事実は不知、同(六)の事実中損害の点は不知、自賠責保険の支払の事実は認める。同5の事実は認める。

三  (抗弁)1 前段所述のとおり、本件事故と因果関係にある傷害は昭和四五年九月二七日に治癒しているので、同日の翌日から三年の経過により本件事故による損害賠償債権は時効により消滅しているので時効の利益を援用する。

2 仮に右主張が認められないとしても、過失相殺として原告の過失を斟酌さるべきである。すなわち、原告は無ナンバーの二輪車をヘルメツトを着用せず運転し、前方注視せず、対向停止中の加害車を直前まで気付かず、気付いたときには驚愕のあまり、運転操作を誤まり、車の重心を失つて転倒し、その状態で加害車に軽く接触したもので、自損行為ともいえる事故である。

四  (抗弁の認否)

抗弁1、2の事実は否認する。被告は前車を追越すに際し対向車線の安全を確認することなくこれに進入し、急に原告の眼前に出て来たので慌てて急ブレーキを踏んだがスリツプして転倒し、加害車に衝突したものであり、又、追越しの禁止されている曲り角附近であるのに追越しにかかつたもので、被告の一方的過失である。又、無ナンバーは何ら過失の有無とは関係がない。速度も時速四〇キロであり制限速度を越えていなかつた。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1、2、5の各事実及び4(六)の自賠責保険金受領の事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第三乃至八号証の各一、第六号証の四並びに原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故により頭部外傷、左肘挫創の傷害を受け、これは八日間の通院治療により治癒したが、その後頭痛が続くため病院を転々として治療を受けている中、分裂病様の症状があると診断され、さらに精神分裂病と診断されるに至つたこと、その入通院治療の詳細は別表記載の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ヘ)のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。そこで、右の精神分裂病様の症状及び精神分裂病と本件事故と因果関係があるか否かについて検討する。成立に争いのない甲第一一号証の一乃至三、第一二号証の一、二並びに証人功刀弘の証言と右認定の事実を総合すると、原告には精神分裂病を含む精神病の既往症がなく、原告の近親者にもそのような病人はいないこと、原告は本件事故の直後から頭痛、首の痛みを訴え始め、その治療を受けている中に不眠が続き、近親者に対する反抗、独語、空笑等精神分裂病様の症状がみられるようになつたこと、最後に診断してもらつて現在も通院している県立北病院の検査によると当初脳波に異常を認めていたが、治療により改善され、治療の効果がみられたこと、脳波の異常が外傷と直ちに結びつけて考えることはできないが、潜在的に存した脳波の異常であれば治療効果が乏しいので、原告の場合脳波の異常は急性のものといえること、精神分裂病及び精神分裂病様の症状は治療により寛解し現在は再発防止のために通院する程度になつたこと、未だ十分論証されたとはいえないが仮説として精神分裂病の発病の原因に睡眠障害を考える見解も存すること、他方、権威ある統計(精神神経学雑誌六七巻五号所掲)によると頭部外傷者一、一六八名中精神分裂病となつた者は四名、その中頭部外傷との因果関係を否定しうるものが二名で、結局頭部外傷との因果関係を否定しえない精神分裂病者はわずかに二名である、という統計の結果が存すること、さらに又、一般に精神分裂病の発病には病人の素因的なものがある一定の契機によつて影響されて発病するという場合も考えられることが認められ右認定に反する証拠はない。

右認定事実にもとづいて考えると、本件事故と原告の精神分裂病様の症状及び精神分裂病との間に法的因果関係を肯定することができるが、他方、原告の気質等の負因が一つの原因として作用して前記症状及び病気を惹起せしめたことが一応推認される。そして特段の反証がない本件においては右推認に係る事実を訴訟上の真実とみなければならない。

不法行為法は損害の公平な分担を窮極の目的とするものであるところ、一般に当該不法行為と当該損害との間の因果関係が肯定されるが、右不法行為と関係のない他の行為ないし事象もその損害の発生ないし増大に寄与している場合においてはその寄与度に応じて損害賠償義務の範囲を定めることが最も公平の理念に合するものというべきである。大気汚染防止法二五条の三及び水質汚濁防止法二〇条の二が「……損害の発生に関して天災その他不可抗力が競合したときは、裁判所は、損害賠償の責任及び額を定めるについて、これをしんしやくすることができる。」と定めていることもその趣旨に出たものと解することができ、右両規定はその法文上はその適用が同法所定の大気汚染及び水質汚濁に限定されているが、前記のような公平の観念に従つた論理の一つの現われであると解するのが相当である。それゆえ、前記の論理は本件のような交通事故による損害賠償請求事件においても法解釈上肯定されるべきである。これを本件についてみると、前認定の事実にもとづいて考えると、原告の負因の寄与率は少なくとも三〇パーセントであつたというべきである。

三  損害についてみる。

1  休業補償 金七七万〇、四九〇円

前認定の別表記載の事実及び原告本人尋問の結果によると、通院実日数は合計九九日、入院日数四九三日、入通院中稼働しえなかつた日は大沢整骨院までの通院期間、それより後の入院期間及び通院実日数の合計六三〇日であることが認められる。そして原告本人尋問の結果により成立の真正が認められる甲第九号証によると原告の本件事故当時の収入は一日平均一、二二三円であることが認められる。右認定事実によると計算上金七七万〇、四九〇円が本件事故による休業により蒙つた損害といわなければならない。

2  医療費 金七一万二、一五六円

成立に争いのない甲第三、四、五、七号証の各二、第六号証の二、三、五によると原告は別表記載の(ト)欄記載の医療費を支払つたことが認められる。

3  通院交通費等雑費 金二万九、七〇〇円

弁論の全趣旨によると原告は少なくとも一日金三〇〇円の通院のための交通費等雑費を支出したものと認められる。前段認定の通院日数にこれを乗ずると金二万九、七〇〇円となる。

4  慰謝料 金二〇〇万円

以上認定の入、通院の経緯、及び傷害の程度に関する事実によると、入通院等後遺症外の慰謝料として金二〇〇万円を相当とする。

5  弁護料 金五万円

弁論の全趣旨によると、少なくとも金五万円が相当因果関係内にある弁護料と認められる。

6  後遺症による逸失利益及び慰謝料 金二〇九万円

前記認定の後遺症の程度を考慮すると少なくとも右金額を認めることができる。

7  以上の合計 金五六五万二、三四六円

四  前記の因果関係に関する割合的認定による控除をすると、右合計額の七〇パーセントに当る金三九五万六、六四二円となる。

五  過失相殺について検討するに、成立に争いのない乙第一号証の一乃至三、第二号証の一乃至六、第三号証の一、二、原被告各本人尋問の結果によると、原告は進行方向左に河口湖を眺めながらドライブして対向車線は停滞していたものの自己の通行している車線は空いていたので、気をゆるして運転していたところ、約二二・五メートル前方に加害車が自己の車線に停車していることを認めて驚き急ブレーキをかけたが、道路の湿潤のためスリツプして転倒して、道路上を倒れたまま滑走し加害車に衝突したこと、原告はヘルメツトを着用していなかつたこと他方、被告は渋滞していた車線に並んでいたが、仲間の車が前にあるので対向車線を通つて仲間の車の間に入れてもらおうと思つて対向車線に進入し仲間の車の前後に入ろうとしたが詰つてしまつてはいれなかつたので、止むなく本件事故地点に停車していたところ、原告の運転する被害車が対向進行し転倒したまま滑走して来て加害車前のバンバー付近に衝突したことが認められる。右認定の事実によると被告は不用意に仲間の車の前後にはいれるものと軽信して一旦出たら元に戻れない程度に渋滞していることは認識していたのに対向車線に進入し、結局仲間の車の前後にはいれず対向車線上に停車せざるをえない結果となる運転をした点に過失があり、原告は前方不注意、ヘルメツト不着用の過失があるといわなければならない。彼此比較検討すると過失相殺として二五パーセント控除するを相当とする。これによると前記の金額金三九五万六、六四二円の七五パーセントに当る金二九六万七、四八二円となる。

六  右金額から自賠責保険金合計金二五四万八、一九〇円を差し引くと金四一万九、二九一円となる。

七  前記二認定のとおり本件事故と原告の精神分裂病様の症状及び精神分裂病との間に因果関係が認められるので、これが認められないことを前提とする被告の時効の抗弁は採用できない。

八  以上の次第で、原告は被告に対し金四一万九、二九一円及びこれに対する本件事故日の後日である昭和五〇年九月二五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利があるものというべく、原告の本件請求はその限度で理由があるのでその限りでこれを認容し、その余は棄却することとし、民訴法九二条、一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 東孝行)

別表

〈省略〉

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